序 詩
瑞花ずいか」 その意は「豊かの兆し」

北信州・奥志賀高原。
標高1,500mの高原に広がる大自然は
「豊かさの入り口」。
四季折々の豊かな自然を享受し、
湧き出るインスピレーションを
丁寧なプロダクトやサービスに昇華させ、
心地よさを追求するブランド、
それがZUICAです。

City to Mountain

Valuableな機能性と
シンプルなデザイン

スノーシーン、旅や街での生活に必要なアイテムを効率的に収納することができる機能的なポケット類はバッグを持たずに行動が出来る画期的なアイディア。天候の変化などに即座に対応できる、防水性、保温性、そしてベンチレーション。時代に即した新たな価値(Value)を羽織り、まだ見ぬ景色を探しに行こう。

# OKU-SHELL JACKET / # OE1.5K JACKET /
# 503 QUILT JACKET / #OKUSHIGA JACKET

[Jacket] OE1.5K Jacket / WT

  • [Jacket] Oku-Shell Jacket / WTOL. [Pants]Oku-Bib Pants / OL

  • [Jacket] 503 Quilt Jacket / DN

  • [Jacket] Oku-Shell Jacket / DN

  • [Jacket] Okushiga Jacket / WT

On Snow

徹底的にスキーを
楽しむ
あなたへ

切れ味鋭いカービングターンや高速スキーを楽しむための機能を徹底的に追求しました。4WAYストレッチファブリックや立体裁断は運動性能を向上させ、口元のフォグベントや通気により効果的なサイドベンチレーションは、体温調整や気象条件に対応します。また、アイテムの整理に役立つポケットも装備しています。スキーウェアの完成形がここに誕生しました。

# OKU-SHELL JACKET / # DAINI JACKET /
# SUPER PUFF JACKET / #OKUSHIGA JACKET

[Jacket] OKUSHIGA JACKET / WT

  • [Jacket]Okushiga Jacket / WT. [Pants] Okushiga Pants / WT

  • [Jacket] Oku-Shell Jacket / WTOL. [Pants] Oku-Bib Pants / OL

  • [Jacket] Daini Jacket / SKB. [Pants]Daini Pants / LG

  • L [Jacket] Super Puff Jacket / DN. [Pants] 503 Fit Pants / WT
    R [Jacket] Daini Jacket / MD. [Pants] Daini Pants / MD

On Snow

あの素晴らしい時代(とき)
もう一度

リゾートシーンを豊かに演出するウィメンズライン。
上品な光沢のナイロンタフタにオリジナルデザインのキルトを施し、保温性とデザイン性を両立させました。ゴールドのファスナーとボタン、豪華なフードファーがスキーリゾートライフをより華やかに演出します。9つのオーガナイザーポケットや脱着可能なスノーゲーターは、あらゆるシーンでストレスフリーです。

# 503 QUILT JACKET / # OKUSHIGA JACKET /
# SUPER PUFF JACKET

[Jacket] 503 Quilt Jacket / DN

  • [Jacket] 503 Quilt Jacket / DN

  • [Jacket] 503 Quilt Jacket / DN

  • [Jacket]Okushiga Jacket / WT

  • [Jacket]Super Puff Jacket / WT1. WT2. DN

私たちの想い
奥志賀高原発
豊かなリゾートライフの提案

マウンテンリゾート奥志賀高原と、
ZUICAの関係。
そこには、これまでのスノーウエアとは
一線を画する、世界観があります。
シンプルで、ファンクショナブルで、
サスティナブルなプロダクツは、
奥志賀高原の大自然からの
インスピレーションが源。
より豊かなマウンテンリゾートライフに
寄り添います。

都会と雪山を繋ぐ
マウンテンリゾートウエア

日本屈指の一大スノーリゾート、志賀高原。上信越高原国立公園に広がる標高1,000m以上の別天地は、四季折々さまざまな表情を見せるとともに、多種多様な動植物の住処でもあります。その中でも、最も奥地に位置する奥志賀高原は、雄大な山々と原生林に囲まれた非日常空間。
春には一斉に芽吹くブナや白樺の初々しい新緑が広がり、夏はイワナの原種が生息する清流が涼を感じさせ、秋には多種類の落葉広葉樹が色とりどりに紅葉し、冬は上質な天然雪がたっぷりと降り積もります。
ZUICAは、そんな大自然に包まれるように佇むマウンテンリゾート『ホテルグランフェニックス奥志賀』から生まれました。
『瑞花(ずいか)』とは、草木の上に雪がたっぷりと降り積もり、花のように見える現象を表しています。雪が多い年は、春に山の養分とともに雪解け水となり田畑を潤し、秋には実り豊かにお米が育ちます。豊年の前兆となる瑞(めでた)い花、転じて雪の美称なのです。奥志賀に降り積もる雪が織りなす「豊かさの兆し」。私たちは、その恩恵を受けながら、アウトドアアクティビティ、健康、食、旅、地域の伝統文化をテーマに、心地よさを追求したプロダクトやサービスに替えてご提案していきます。
素晴らしい自然環境に、国内外の厳選食材を堪能できるレストラン、心からリラックスできるくつろぎの空間、そして高品質なウエア。ホテルグランフェニックス奥志賀は、豊かな「衣・食・住」をトータルで演出する発信地。
ZUICAのマウンテンリゾートウエアは、スキー、スノーボードはもちろんのこと、自宅からリゾートへの移動時や、タウンユースにも使えるシンプルなデザインと高い機能性が最大の特徴です。
冷え込んだ早朝、スキー道具を車に詰め込む時や、都会を経由して新幹線に乗り込む時、白銀の世界に足を踏み入れる瞬間から、吹雪のゲレンデに、アフタースキーの散策まで、どんなシーンでも使い勝手がよく、上質な素材感が優しく包み込んでくれます。
年に一度や二度の特別な旅行の時に、旅先をイメージしてお気に入りの服をトランクに詰め込むように、ファッションアイテムとしても愛着のわくウエアでありたい。快適なマウンテンリゾートライフをZUICAとともにお過ごしください。

都会と雪山を繋ぐ
マウンテンリゾートウエア

日本屈指の一大スノーリゾート、志賀高原。上信越高原国立公園に広がる標高1,000m以上の別天地は、四季折々さまざまな表情を見せるとともに、多種多様な動植物の住処でもあります。その中でも、最も奥地に位置する奥志賀高原は、雄大な山々と原生林に囲まれた非日常空間。
春には一斉に芽吹くブナや白樺の初々しい新緑が広がり、夏はイワナの原種が生息する清流が涼を感じさせ、秋には多種類の落葉広葉樹が色とりどりに紅葉し、冬は上質な天然雪がたっぷりと降り積もります。
ZUICAは、そんな大自然に包まれるように佇むマウンテンリゾート『ホテルグランフェニックス奥志賀』から生まれました。
『瑞花(ずいか)』とは、草木の上に雪がたっぷりと降り積もり、花のように見える現象を表しています。雪が多い年は、春に山の養分とともに雪解け水となり田畑を潤し、秋には実り豊かにお米が育ちます。豊年の前兆となる瑞(めでた)い花、転じて雪の美称なのです。奥志賀に降り積もる雪が織りなす「豊かさの兆し」。私たちは、その恩恵を受けながら、アウトドアアクティビティ、健康、食、旅、地域の伝統文化をテーマに、心地よさを追求したプロダクトやサービスに替えてご提案していきます。
素晴らしい自然環境に、国内外の厳選食材を堪能できるレストラン、心からリラックスできるくつろぎの空間、そして高品質なウエア。ホテルグランフェニックス奥志賀は、豊かな「衣・食・住」をトータルで演出する発信地。
ZUICAのマウンテンリゾートウエアは、スキー、スノーボードはもちろんのこと、自宅からリゾートへの移動時や、タウンユースにも使えるシンプルなデザインと高い機能性が最大の特徴です。
冷え込んだ早朝、スキー道具を車に詰め込む時や、都会を経由して新幹線に乗り込む時、白銀の世界に足を踏み入れる瞬間から、吹雪のゲレンデに、アフタースキーの散策まで、どんなシーンでも使い勝手がよく、上質な素材感が優しく包み込んでくれます。
年に一度や二度の特別な旅行の時に、旅先をイメージしてお気に入りの服をトランクに詰め込むように、ファッションアイテムとしても愛着のわくウエアでありたい。快適なマウンテンリゾートライフをZUICAとともにお過ごしください。

創業者の言葉
妥協なきウエアづくりの真髄

ZUICAを手がける(株)ズイカインターナショナルの代表取締役会長であり、ホテルグランフェニックス奥志賀の創業者、田島和彦氏。その前身は日本を代表するスキーウエアブランド『フェニックス』の生みの親である。ZUICAには、長年、スキーウエアの最先端を走り続けてきたフェニックスのモノづくりの精神が受け継がれている。
田島和彦氏から、その背景とウエアづくりへの想いを探る。
1967年、和彦氏は父が経営する商社に入社すると、自社ブランドを生み出し軌道に乗せるために、次から次へとチャレンジを繰り返す。「フェニックス」というブランド名を獲得するためにニューヨークへ飛び、商標権獲得の交渉をしたり、新潟県新発田の農村地帯にイチから自社工場と商品研究所をつくったり、日本初のスキー用のダウンジャケットを製作するために中国やアメリカに渡り羽毛を研究したり、NASAで宇宙服を開発していたエンジニアとアドバイザー契約を結び、先進的な機能性素材を採用したり。その革新的なアイデアと行動力は、枚挙にいとまがない。
「スキーウエアというのは、25度の室温で購入して、そこからマイナス40度の場所で使うんです。静から動への変化も考えなければならない。厳しい環境でも不快感を与えないためには、どうすべきか、常に最先端のテクノロジーを追いかけてきました」
無いものはつくる。“No”という選択肢は無い。これが和彦氏のポリシーであり、オリジナリティだ。ファッションと機能性が高い次元で融合したフェニックスのウエアは、のちに大ヒットし、世界のトップクラスにも選ばれるようになった。

本質を追求したマウンテンホテル

1994年にはホテルグランフェニックス奥志賀を設立。元々は新しいマーケットの研究のために建てたホテルだと言う。海外経験豊富な和彦氏は、ホテル建設に当たっても、本質を追求し、一切の妥協を許さない。
「日本の宮大工は素晴らしい技術を持っていますが、標高1,000m以上のホテルの木工文化というものは日本には無いんです。ホテルのコンセプトは木と石と光の調和。客室はオーストリア、ラウンジはスイス、ログ壁はカナダというように、世界各地のスキーリゾートで得た知見を生かし、7カ国から素材を集め、奥志賀の自然と調和するよう設計しました」
ホテルの顔とも言えるのが高さ6mの大きな窓を構えるラウンジ&バー。室内にいながら外の自然を存分に感じられるこの空間は、都会のどんな高級ホテルでも味わえない。ヨーロッパの建築でも雪国でここまでの大窓を設置することはまず無いのだそう。刻々と移り変わる窓の外の山の表情はずっと眺めていられる。ラウンジにある暖炉は、周りに座った時に炎の向こうに座っている人の顔が見える高さを計算して設計。ドイツから取り寄せたという椅子は、脚を切って日本人の高さに合わせるという気配り。それらは、ウエアづくりのこだわりと通じる。常にお客様目線、時に一歩先をゆくホスピタリティの結集だ。
「ホテルの露天風呂は温泉ではないんです。その代わりにオーストリアの温泉保養地バドガシュタインから産出した鉱石を使用しました。奥志賀渓谷にはイワナの原種が生息しているので、温泉水を放流できない。生態系を守るための選択です」
和彦氏の心配りは、人に対してだけではない。子供の頃から志賀高原の自然に深く親しみ、スキーや登山に夢中になった記憶が根底に流れている。特に奥志賀高原への愛着は人一倍だ。奥志賀の自然環境から得たインスピレーションを、モノづくりへ。フェニックスで築き上げたフィロソフィーは、次世代へと引き継がれてゆく。

フェニックスイズムを
受け継いで新ブランドへ

田島伸浩氏が大手メーカーを退職し、ホテルグランフェニックス奥志賀の運営に携わるようになったのは2019年のこと。和彦氏の息子である伸浩氏もやはり子供の頃からスキーと奥志賀高原に親しんで育った。学生時代はスキー部に所属しアルペンスキーに打ち込んだが、スキー業界に就職することはなく、一歩離れた立場から、シーンを見つめてきた。
「外からスキー界を見ることによってスキーの課題また可能性を感じることができ、その中で自分ができることを模索してきました。ホテルグランフェニックス奥志賀の運営に携わるようになり、そのポテンシャルを活かして、日本のスキー界復活の一翼を担っていきたいという強い気持ちを持っています」
父がつくり上げた世界観を大切に守りながら、本物のマウンテンリゾートを追求し、新しい風を送り込んでいる伸浩氏。
「日本は本格的なマウンテンリゾートと呼べるところや、リゾートを楽しむ文化がまだまだ少ないと思うんです。そんな中で、奥志賀にはホテルグランフェニックスという基盤があり、周囲には本当に豊かな自然がある。リゾートでの滞在だけでなく、この地を活かすかしたアクティビティの提案をしていきたいと思っています」
実際、ここ数年でロウリュ式サウナの導入や、ジビエ体験ワークショップ、森林ヨガ、SUP体験、ワーケーションプログラムなど、多数の新たなプロジェクトを展開している。
「ホテルの役割はお客様に元気になって帰っていただくこと。くつろぎの時間も、アクティビティも食も、ここにはクオリティの高いものが揃っています。新たにスタートするマウンテンリゾートウエアもそのうちのひとつなんです」
日本ではウエアは街で購入するものという概念が一般的だが、欧州ではリゾートで購入する人の方が多い。マウンテンリゾートで使用するものだからこそ現地で選ぶ。ZUICAは奥志賀高原の世界観をウエアを通して発信するブランドだ。
「スノーウエアをつくることって実はとても難しいんです。200以上のパーツが組み合わさって成り立っていて、それを形にする技術は伝統工芸に近いかもしれません」
ZUICAのローンチが決まり、結集した製作チームは、長年フェニックスのウエアを手がけてきたベテランたち。和彦氏も信頼を置く、最強のプロフェッショナルチームだ。
高い技術力に、新しい価値を詰め込んで、田島親子の新たな挑戦が始まる。

  1. 01
  2. 02
  3. 03
創業者の言葉
妥協なきウエアづくりの真髄

ZUICAを手がける(株)ズイカインターナショナルの代表取締役社長であり、ホテルグランフェニックス奥志賀の創業者、田島和彦氏。その前身は日本を代表するスキーウエアブランド『フェニックス』の生みの親である。ZUICAには、長年、スキーウエアの最先端を走り続けてきたフェニックスのモノづくりの精神が受け継がれている。
田島和彦氏から、その背景とウエアづくりへの想いを探る。
1967年、和彦氏は父が経営する商社に入社すると、自社ブランドを生み出し軌道に乗せるために、次から次へとチャレンジを繰り返す。「フェニックス」というブランド名を獲得するためにニューヨークへ飛び、商標権獲得の交渉をしたり、新潟県新発田の農村地帯にイチから自社工場と商品研究所をつくったり、日本初のスキー用のダウンジャケットを製作するために中国やアメリカに渡り羽毛を研究したり、NASAで宇宙服を開発していたエンジニアとアドバイザー契約を結び、先進的な機能性素材を採用したり。その革新的なアイデアと行動力は、枚挙にいとまがない。
「スキーウエアというのは、25度の室温で購入して、そこからマイナス40度の場所で使うんです。静から動への変化も考えなければならない。厳しい環境でも不快感を与えないためには、どうすべきか、常に最先端のテクノロジーを追いかけてきました」
無いものはつくる。“No”という選択肢は無い。これが和彦氏のポリシーであり、オリジナリティだ。ファッションと機能性が高い次元で融合したフェニックスのウエアは、のちに大ヒットし、世界のトップクラスにも選ばれるようになった。

本質を追求したマウンテンホテル

1994年にはホテルグランフェニックス奥志賀を設立。元々は新しいマーケットの研究のために建てたホテルだと言う。海外経験豊富な和彦氏は、ホテル建設に当たっても、本質を追求し、一切の妥協を許さない。
「日本の宮大工は素晴らしい技術を持っていますが、標高1,000m以上のホテルの木工文化というものは日本には無いんです。ホテルのコンセプトは木と石と光の調和。客室はオーストリア、ラウンジはスイス、ログ壁はカナダというように、世界各地のスキーリゾートで得た知見を生かし、7カ国から素材を集め、奥志賀の自然と調和するよう設計しました」
ホテルの顔とも言えるのが高さ6mの大きな窓を構えるラウンジ&バー。室内にいながら外の自然を存分に感じられるこの空間は、都会のどんな高級ホテルでも味わえない。ヨーロッパの建築でも雪国でここまでの大窓を設置することはまず無いのだそう。刻々と移り変わる窓の外の山の表情はずっと眺めていられる。ラウンジにある暖炉は、周りに座った時に炎の向こうに座っている人の顔が見える高さを計算して設計。ドイツから取り寄せたという椅子は、脚を切って日本人の高さに合わせるという気配り。それらは、ウエアづくりのこだわりと通じる。常にお客様目線、時に一歩先をゆくホスピタリティの結集だ。
「ホテルの露天風呂は温泉ではないんです。その代わりにオーストリアの温泉保養地バドガシュタインから産出した鉱石を使用しました。奥志賀渓谷にはイワナの原種が生息しているので、温泉水を放流できない。生態系を守るための選択です」
和彦氏の心配りは、人に対してだけではない。子供の頃から志賀高原の自然に深く親しみ、スキーや登山に夢中になった記憶が根底に流れている。特に奥志賀高原への愛着は人一倍だ。奥志賀の自然環境から得たインスピレーションを、モノづくりへ。フェニックスで築き上げたフィロソフィーは、次世代へと引き継がれてゆく。

フェニックスイズムを
受け継いで新ブランドへ

田島伸浩氏が大手メーカーを退職し、ホテルグランフェニックス奥志賀の運営に携わるようになったのは2019年のこと。和彦氏の息子である伸浩氏もやはり子供の頃からスキーと奥志賀高原に親しんで育った。学生時代はスキー部に所属しアルペンスキーに打ち込んだが、スキー業界に就職することはなく、一歩離れた立場から、シーンを見つめてきた。
「外からスキー界を見ることによってスキーの課題また可能性を感じることができ、その中で自分ができることを模索してきました。ホテルグランフェニックス奥志賀の運営に携わるようになり、そのポテンシャルを活かして、日本のスキー界復活の一翼を担っていきたいという強い気持ちを持っています」
父がつくり上げた世界観を大切に守りながら、本物のマウンテンリゾートを追求し、新しい風を送り込んでいる伸浩氏。
「日本は本格的なマウンテンリゾートと呼べるところや、リゾートを楽しむ文化がまだまだ少ないと思うんです。そんな中で、奥志賀にはホテルグランフェニックスという基盤があり、周囲には本当に豊かな自然がある。リゾートでの滞在だけでなく、この地を活かすかしたアクティビティの提案をしていきたいと思っています」
実際、ここ数年でロウリュ式サウナの導入や、ジビエ体験ワークショップ、森林ヨガ、SUP体験、ワーケーションプログラムなど、多数の新たなプロジェクトを展開している。
「ホテルの役割はお客様に元気になって帰っていただくこと。くつろぎの時間も、アクティビティも食も、ここにはクオリティの高いものが揃っています。新たにスタートするマウンテンリゾートウエアもそのうちのひとつなんです」
日本ではウエアは街で購入するものという概念が一般的だが、欧州ではリゾートで購入する人の方が多い。マウンテンリゾートで使用するものだからこそ現地で選ぶ。ZUICAは奥志賀高原の世界観をウエアを通して発信するブランドだ。
「スノーウエアをつくることって実はとても難しいんです。200以上のパーツが組み合わさって成り立っていて、それを形にする技術は伝統工芸に近いかもしれません」
ZUICAのローンチが決まり、結集した製作チームは、長年フェニックスのウエアを手がけてきたベテランたち。和彦氏も信頼を置く、最強のプロフェッショナルチームだ。
高い技術力に、新しい価値を詰め込んで、田島親子の新たな挑戦が始まる。

  • 田島和彦 田島和彦

    株式会社ズイカインターナショナル
    代表取締役会長
    田島和彦

    Kazuhiko Tajima

  • 田島伸浩 田島伸浩

    株式会社ズイカインターナショナル
    代表取締役社長
    田島伸浩

    Nobuhiro Tajima